大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成6年(ワ)2056号 判決

原告

大野ひろ子

右訴訟代理人弁護士

中道武美

小久保哲郎

被告

医療法人南労会

右代表者理事長

松浦良和

右訴訟代理人弁護士

田邊満

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  原告が被告に対し労働契約上の地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成四年一二月二〇日以降毎月二〇日限り一四万六八五九円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告がした原告に対する懲戒解雇処分が無効であるとして、労働契約上の権利の確認及び毎月の賃金の支払を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実

1(一)  被告は、診療所及び病院を経営すること等を目的として昭和五五年一月二六日に設立された医療法人であり、大阪市(以下、略)において医療法人南労会松浦診療所(以下「松浦診療所」という)を、和歌山県橋本市において紀和病院を、それぞれ開設している。なお、被告は、主として労働者のための医療を提供する医療機関として、被告理事長松浦良和によって昭和五一年八月に開設された「松浦診療所」(以下「旧松浦診療所」という)が医療法人化されたものである。

(二)  原告は、昭和五三年二月、旧松浦診療所に雇用され、被告が医療法人化された後も、引き続き松浦診療所において医事課の職員として勤務してきた。被告松浦診療所における原告の雇用形態はパートで、給与は時間給であり、金曜日の全日とその余の平日(土曜日を含む)の午前中のみの勤務である。金曜日の午前中は、薬剤補助業務に従事し、金曜日の午後とその余の平日の午前中は、医事課の窓口業務に従事した。

原告は、昭和六〇年一月二六日に南労会労働組合として被告内で結成され、平成三年九月に全国金属機械労働組合港合同(以下「港合同」という)に加入した全国金属機械労働組合港合同南労会支部(以下「組合」又は単に「組合」という)の松浦診療所分会の組合員である。

2  被告は、原告に対し、平成四年一二月一九日付けで、〈1〉平成三年八月六日、治療のために松浦診療所を訪れた医療法人南労会理事金銅正夫(以下「金銅」という)に対し、受付窓口での対応の際に、他の患者にも聞こえるような暴言を吐いたこと(以下「金銅に対する暴言」という)、〈2〉平成四年七月一一日、松浦診療所の桑原泰事務長(以下「桑原」という)に対し、「勤務表(組合側)では桑原が受付になっているから降りてこい」と何度も電話し、「降りてこないのなら、患者向けにそのことを提示するぞ」と言い、その後、一階事務室内の患者からよく見えるボードに「担当の桑原泰事務長が業務拒否を行っているためにとどこおっております」と書いた不法な掲示物を張り出したこと(以下「桑原に対する誹謗中傷」という)、〈3〉平成四年三月一四日及び同月二六日付文書で厳重に注意したにもかかわらず、その後も診療所の許可なく無断で松浦診療所一階待合室に掲示物を貼っていること(以下「ビラの無断貼付」という)、〈4〉平成四年八月二一日、松浦診療所歯科部課長の芝内久美子(以下「芝内」という)に対し、署名、捺印した「抗議文」なる文書を手渡そうとして、他の二名と共に、文書の受け取りを拒否している芝内を脅迫、強要したこと(以下「芝内に対する脅迫、強要」という)、を理由として、就業規則第一九条一号、第一五条四号により懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という)。

3  原告の賃金は毎月末日締め、翌月二〇日払いであり、本件懲戒解雇前三ケ月間の原告の平均賃金は一ケ月一四万六八五九円である。

二  原告の主張

1  被告が本件懲戒解雇事由として掲げる原告の各行為は、次のとおりいずれも懲戒事由に該当しないものであり、また、仮に形式的には該当するとしても、原告の右各行為は、いずれも組合の方針に従い、労働組合活動の一環として行われたものであり、その目的は労働者の労働条件及び環境の維持、改善にあり、方法も暴力を伴うものではなく、被告又は他人の業務を妨害することもなかったのであるから、本件懲戒解雇は解雇権の濫用であって、無効である。

(一) 金銅に対する暴言について

原告は、金銅に対し、暴言を吐いた事実はない。同人は、被告の理事であり、平成三年八月五日被告により一方的に実施された新勤務体制による労働条件の不利益変更に加担していた人物であったため、原告は、治療を受け終わって窓口に来た金銅に対し、「なぜ組合との話し合いを一方的に打ち切ったのか、組合を尊重すべきではないか」と一言抗議したに過ぎない。

また、本件行為が賞罰委員会の議題にされたのはそれから一年三ヶ月も経ってからであり、被告も当初は原告の右行為を何ら問題にしていなかったことは明らかである。

(二) 桑原に対する誹謗中傷について

松浦診療所の窓口業務は恒常的な人手不足状態にあったところ、平成四年春に窓口業務を担当していた職員が一名退職するに際し、桑原は、その後任にはパート一各、常勤一名を新規募集することを約束した。しかし、桑原がその直後何らの理由もなく右人員補充を取りやめたため、医事課内部では、これまでどおり医事課職員が自発的に作成する窓口業務等の勤務分担表に従って勤務しており、桑原もこれに従ってきた。

ところが、平成四年七月一一日は土曜日であって、通常よりも多忙であり、しかも、医事課の職員である廣田美智子(以下「廣田」という)及び池田武彦(以下「池田」という)の両名が労災疾病の治療のため不在になることが予定されていたにもかかわらず、桑原は、窓口業務を行うことを拒否した。その結果、窓口業務が停滞したため、原告は、組合の方針に従い、窓口前に集まっていた人々に対し事態を報告するための貼り紙を作成し、同日午前一〇時三〇分頃、医事課の窓口付近に貼り出した。その後、桑原が同日午前一一時一〇分頃窓口業務を開始したので、原告は前記貼り紙を撤去した。

このように、原告の行為は、窓口業務の混乱を回避するためのものであって、時間的にも三〇分強のことに過ぎず、不必要になると直ちに貼り紙をはがしているのであるから、懲戒事由には該当しない。

(三) ビラの無断貼付について

松浦診療所の一階待合室には、従来から被告が関連する労働団体や各種運動団体が様々なビラを貼付していた。これにつき、被告は、一階待合室内におけるビラ貼付についての手続を告知したことはこれまでに全くなく、組合も一度として同室内におけるビラ貼付について被告に事前許可を求めたり届出をしたこともなかったし、被告からも何らの異議も出されなかった。原告も、平成三年初め頃から、同室内において、湾岸戦争、PKO法案及び自衛隊の海外派兵に反対するビラを貼付してきたが、これは労働組合運動の一環として行われてきたものであり、被告からは何らの注意も異議も受けたことはなかった。

しかしながら、被告は、平成四年二月頃になって突然ビラ貼付を禁止するようになり、同年三月一四日及び同月二六日には、原告に対し「申し渡し書」を手交してビラの無断貼付を中止するよう警告してきた。

原告は、従来被告が容認してきたのと同様の態様でビラを貼付しており、被告の業務を妨害するような方法を用いたことは全くなく、これは明らかに原告の懲戒処分を目的としたものである。

(四) 芝内に対する脅迫、強要について

被告においては、設立当初から、課長等管理職を置かず、労働者が民主的に就労するものとされ、それが労働者医療機関として設立された被告の設立趣旨に合致するものとして維持されてきた。ところが、被告は、組合の強い反対にもかかわらず、平成四年七月一日突如として歯科に課長職を導入し、芝内を松浦診療所歯科課長に強行任命し、労働管理の強化を図った。これに対し、組合は、この管理職導入に反対するため、組合員のほぼ全員が参加する抗議文を芝内に手渡す運動を行っていたのであり、同年八月二一日においても、原告は、芝内に対し、同人の勤務時間外に抗議文を受け取るように説得しただけであり、脅迫、強要を行ったり、同人の業務を妨害した事実はない。

2  本件懲戒解雇は、その手続に重大な瑕疵があり、無効である。

(一) 被告が本件懲戒解雇を審議した賞罰委員会(平成四年六月二四日、同年一〇月二六日及び同年一一月一八日に各開催)は、いずれも被告の就業規則第一二条に基づくものであるが、被告は、同条三項で義務づけられている運営規則を定めていなかった。また、松浦診療所ではこれまでに賞罰委員会を開催したことがなく、慣行も存在しなかった。

(二) 被告は、本件懲戒解雇を審議する賞罰委員会を開催するに当たり、組合との団体交渉を通じ、早急に運営規則を定めるべきであったにもかかわらず、これを拒否し、一方的に賞罰委員会の構成を決定した。

しかしながら、右構成は、「賞罰委員会は、理事会及び職員代表それぞれ四名の委員をもって構成する」との就業規則一二条二項の規定に反し、著しく公正さを欠くものであった。すなわち、平成四年六月二四日の賞罰委員会(以下「第一回賞罰委員会」という)及び同年一〇月二六日の賞罰委員会(以下「第二回賞罰委員会」という)は、いずれも職員代表が参加しておらず、被告理事側の人物だけで構成されたものであり、同年一一月一八日の賞罰委員会(以下「第三回賞罰委員会」という)は、出席者六名全員が理事会側の人物であった。

(三) したがって、本件懲戒解雇の手続は、就業規則第一二条一項及び二項に違反するものであり、著しく不公正であって公序に反するものであるから、本件懲戒解雇は無効である。

3  本件懲戒解雇は、その対象となっている行為がいずれも正当な労働組合活動であるにもかかわらず、被告が組合活動を嫌悪し、原告を被告の職場から排除し、組合を崩壊させる意図で行ったものであり、不当労働行為であって、違法無効である。

本件懲戒解雇に至るまでの被告の不当労働行為の経過は次のとおりである。

(一) 被告は、労働者医療機関として、労働組合等と労災病に理解を示す医師らが中心になって設立した医療機関であり、松浦診療所においても、職員自身による民主的な運営が行われ、職場管理も自主的に行う慣行があった。また、労働者及び地域住民に十分な医療機会を確保するため、診療受付時間を午後七時三〇分までとしていた。

ところが、被告は、平成三年八月五日、突然従業員の勤務時間の不利益変更を含む、夜間医療を切り捨てる内容の診療時間帯の変更を伴う合理化を実施した。

二 これに反対する組合は、労使間協議を尽くすべく努力したが、被告は、昭和六一年三月、当時の南労会労働組合松浦診療所分会との間で、経営計画、組織の変更等、労働条件の変更を伴う事項については事前に経営と組合は協議し、双方同意の上実行することを確認する旨の「事前協議・同意約款」協定(以下「事前協議・同意約款」という)を締結していたにもかかわらず、これを無視し、強引に合理化を強行する一方、組合との団体交渉を違法にも五六日間にわたり拒否しながら、同年一〇月一二日には、紀和病院において、南労会支部の労働組合員を大量脱退させ、第二組合である紀和病院労働組合を結成させるなどの南労会支部弱体化のための不当労働行為を行った。

さらに、被告は、紀和病院労働組合幹部による南労会支部紀和病院分会襲撃事件の調査を怠りながら、南労会支部の川口浩一書記長(以下「川口」という)に対し、虚偽の事実に基づいて、同人を傷害罪で告訴した。

(三) 一方、被告は、松浦診療所において、これまでの職場慣行を無視し、組合の弱体化を目的として、管理職体制の強化を企図して、同年七月一日に課長職を一方的に導入するとともに、管理職に対しては、月額八万円から二五万円もの賃上げを強行した。

(四) また、被告は、平成四年四月二五日、組合に対し、事前協議、同意約款の破棄通告を行ったうえ、組合の弱体化を図るため、同支部の中心的組合員の弾圧を強化し、当該組合員の労働組合活動に対し懲戒処分を濫用するに至り、同年六月二四日南労会支部石原副委員長に対する降格処分を、同月三〇日に川口に対する懲戒解雇処分を、同年一二月五日には組合員石原淑恵に対する譴責処分をそれぞれ行った。

(五) 本件懲戒解雇も、右一連の不当労働行為の一環として、懲戒解雇事由がないのにこれが存在ずくと強弁して、経営側の人物だけで構成する賞罰委員会を濫用して行われたもので、原告を組合から排除し、組合を弱体化する意図で行われたものである。

三  被告の主張

1  懲戒解雇事由について

原告には、以下のとおりの懲戒事由があり、被告は、これらを総合し、懲戒解雇が相当であると判断したものである。

(一) 金銅に対する暴言について

原告は、平成三年八月六日午前一一時頃、松浦診療所医事課の受付窓口業務に従事中、理学診療科での鍼治療を終え、受付窓口に治療費を支払うために来た金銅に対し、突然大声で「おまえ、理事だろうが、組合の言うことを聞けよ。組合をなめんなよ」と暴言を吐いた。

勤務時間中に業務に全く関係のないことで患者に対し苦情を言ったり、文句を付けたりすることは現に慎むべきことであることはいうまでもなく、ましてや受付窓口において、多数の患者が順番を持って待合室にいるにもかかわらず、その面前で暴言を吐き、罵声を浴びせたことは、金銅のみならず他の患者にも不安と動揺をもたらしたことは明らかであり、原告の右言動は、就業規則第一六条八号(「職場規律を乱したとき」)及び第一七条二号(「診療所の名誉、信用を失墜するような言動を行ったとき」)に該当する。

(二) 桑原に対する誹謗中傷について

(1) 原告は、平成四年七月一一日午前九時三〇分頃から、数度にわたり、松浦診療所三階で勤務する桑原に対し、「組合の勤務案では桑原は医事課の担当になっているから降りてこい。降りてこないなら患者向けにそのことを掲示する」旨電話をかけ、敢えて全館放送で桑原を呼び出すなどの手段に出、同日午前一〇時三〇分頃、一階受付カウンターに「本人の会計業務は担当の桑原事務長が業務拒否を行っているためにとどこおっています。誠にご迷惑をかけて申し分けありませんが、支払は次回にして頂くこともありますので悪しからずご了承下さい」と記載した紙を貼り出した。

右貼り紙には、「担当の桑原事務長が業務拒否を行っている」などと、桑原が原因で患者の治療費支払の窓口が滞っているかのごとき虚偽の事実を記載し、ことさら桑原の名前を赤字で大書し、「業務拒否を行っている」「支払は次回にしていただく場合もあります」の文言の下に赤のアンダーラインを引くなどした悪意に満ちたものであり、加えて、提示場所は患者からよく見える場所であり、患者に不審の念を生じさせることは明らかであって、診療所の信用失墜をねらったものであることは明白である。これは、就業規則第一七条二号(「職員の品位、診療所の名誉・信用を失墜させるような言動を行ったとき」)、三号(「正当な理由なく業務命令諸規定に従わないとき」)、六号(「重大な越権行為のあったとき」)に該当する。

(2) また、被告の勤務表によれば、当日は原告、池田及び廣田の三名が受付業務を担当することになっていたにもかかわらず、原告は、被告を困惑させることを企図し、患者の治療費支払の窓口が混乱するのを見越し、池田らに指示して業務を停滞させ、敢えて池田及び廣田に席を外させ、さらに混乱を引き起こし、挙げ句の果てに桑原を誹謗中傷する文書を貼り出したのであって、このような原告の行為は、就業規則第一九条七号(「故意による行為で業務に重大な支障を来し、又は重大な損害を与えたとき」)にも該当する。

(三) ビラの無断貼付について

(1) 原告は、平成三年一二月頃から、松浦診療所一階待合室にPKO反対等のビラを貼付しだしたため、被告は、桑原らが平成四年一月ころからたびたび注意を与えてきた。しかし原告がこれを無視して貼付を続けたことから、同年三月一四日及び二六日に申し渡し書を交付して警告した。しかし、原告はその後もPKO反対などを内容とする組合以外の第三者作成名義のビラを貼付し続けた。

本件ビラの貼付場所は広く患者の目に触れる待合室であり、ビラの内容もPKO反対など特定の政治色が濃厚なもので本来診療所にはなじまないものであることからすれば、これらビラを貼付することは被告の施設管理権を侵害し、また、業務命令に違反するものであることは明らかであって、就業規則第一六条四号(「正当な理由なく上長に反抗し、又はその指示に従わなかったとき」)、八号(「職場規律を乱したとき」)、第一八条三号(「診療所の施設、物品を許可なく私用に供したとき」)、四号(「診療所の基本方針を阻害するような行為のあったとき」)に該当し、加えて、被告の再三の警告に応ぜずこれを継続した点で情状は重い。

なお、右待合室では、昭和五一年の診療所設立以来、組合のビラの他、住民運動、労災被災者の支援運動、障害者運動など様々な外部の運動等に関するビラ等が掲示されたことがあり、内容的に問題がないときはこれを被告が黙認してきた経過があるが、これが労使慣行にまでなっていたものではない。

(2) 原告が平成四年一月末頃から貼付し出したビラは、いずれも被告はもちろん組合とも無関係の団体が発行するものであり、これらが組合活動の一環として行われたものでない。

(四) 芝内に対する脅迫、強要について

原告は、平成四年七月二一日午後五時半過ぎ頃、松浦診療所五階食堂において、芝内に対し、南労会支部組合員李マリ子、同廣田と共に、同人らの署名のある抗議文を手渡そうとしたが、芝内がその受け取りを拒否すると、同人が助けを求めたため駆けつけた桑原の制止も聞かず、更衣室に逃げ込んだ芝内を追い、更衣室の戸をたたき大声で抗議するなど脅迫、強要の行為に及んだ。

原告の行為は、芝内個人を抗議行動の対象とし、課長辞任を狙ったいやがらせ的行為であり、その態様も執拗であり、かつ、脅迫的であって、抗議行動として不相当であり、正当な組合活動とは認められないばかりか、診療所内の秩序維持のため職員に指示、命令を与える権限を有する事務長の桑原の指示に反して行ったものであり、これは、就業規則第一六条四号(「正当な理由なく上長に反抗し、又はその指示に従わなかったとき」)、八号(「職場規律を乱したとき」)、第一七条二号(「職員としての品位、診療所の名誉・信用を失墜するような言動を行ったとき」)に該当する。

2  賞罰委員会の手続について

(一) 本件懲戒解雇に至るまでの被告における賞罰委員会開催の経緯は次のとおりであった。

(1) 第一回賞罰委員会の開催

被告は、原告によるビラの無断貼付の件のほかを審議するため、就業規則第一二条二項の定めに従い、理事会代表及び職員代表各四名を選任し、平成四年六月一〇日、賞罰委員会開催通知と共に組合に対しこれを通知し、意見を求めた。被告が決定した職員代表委員は、看護科主任の大場恵子、薬局科主任の室原昌洋、レントゲン科主任の橋口憲二及び歯科主任の金本泰善であり、いずれも南労会支部の組合員であって、公平の見地からも妥当な人選であった。

これに対し、組合は、団交でしか解決はあり得ないとの立場をとり、賞罰委員会の開催を否定し続け、同年六月二四日に開催された第一回賞罰委員会に職員代表委員は出席しなかった。

(2) 第二回賞罰委員会の開催

被告は、原告によるビラの無断貼付の件等を引き続き審議するための賞罰委員会開催を予定していたところ、平成四年七月一一日原告による桑原に対する誹謗中傷が発生したため、これも併せて審議することとし、組合と団交を行ったが、組合は、組合員に対する賞罰は団交においてのみ解決し得るとの立場を繰り返すとともに、職員代表は組合に選任権があるとの見解を示し、一方的に小松千尋、中地重晴、佐藤信子及び金本泰善が職員代表であるとして、右四名の出席を迫った。被告はこれを拒否し、被告選任にかかる金本泰善のみの出席を求めたが、同人は出席せず、同年一〇月二六日、第二回賞罰委員会が職員代表委員が欠席する中で開催され、原告については、諭旨解雇が相当である旨の答申がされた。

(3) 第三回賞罰委員会の開催

被告は、原告ら組合員の芝内に対する脅迫、強要及び原告の金銅に対する暴言を審議するための賞罰委員会を平成四年一一月一八日に開催することを決め、職員代表委員として井村久史、佐藤敏則、桑原及び島岡和義を指名し、組合に通知した。しかしながら、組合は、賞罰委員会の開催の必要性及び開催に関する手続について団交の中で明らかにすべきであると主張し、また、職員代表委員は前記(2)記載の四名であると主張した。

平成四年一一月一八日、第三回賞罰委員会が開催され、職員代表委員は井村久史及び佐藤敏則が出席しなかったため、桑原及び島岡和義の両名のみ出席のうえ審議され、芝内に対する脅迫、強要については出勤停止、金銅に対する暴言については諭旨解雇が相当である旨の答申がされた。

(二) 被告においては、就業規則第一二条に規定されている賞罰委員会の運営規則が定められていないが、このような場合に一切賞罰委員会を開催できないものではなく、同条二項の趣旨から見て合理的な運営方法により賞罰委員会を開催することができるものである。そして、本件においては、組合が賞罰委員会の開催自体を否定し、同委員会の運営方法等につき協議が成立する余地がなかったため、被告が職員代表委員を公平な見地から選任して賞罰委員会を開催したのであり、手続上問題はない。

(三) 仮に賞罰委員会の手続に瑕疵があり、職員代表委員の選任について問題が存在したとしても、賞罰委員会は単なる諮問機関に過ぎず、懲戒処分の決定権限はあくまで被告診療所にあるのであるから、右により直ちに本件懲戒解雇が無効になるものではない。

3  不当労働行為の主張について

(一) 被告と組合との間では、被告の経営合理化方策の実施を契機として紛争が生じていたが、本件懲戒解雇に当たり、被告が、原告が組合員であることや原告の組合活動を考慮した事実はないから、本件懲戒解雇は不当労働行為に当たらない。

(二) 被告が診療時間帯の変更に踏み切った経緯は次のとおりである。

松浦診療所においては、診療報酬の激減により経営が悪化したため、被告は、平成元年一〇月、診療効率の改善、不採算部門の縮小と欠員の不補充を中心とした第一次再建計画を策定し、その実施を図ったが、組合の不誠実な対応とストを含む反対闘争により挫折するに至った。

被告は、その後も悪化するばかりの松浦診療所の経営の抜本的改善を図るため、平成三年二月、診療時間の変更による無駄な人員配置の解消を内容とする第二次再建計画を組合に提案したが、組合は、数次にわたる団体交渉において、診療時間帯の変更はおおむね問題がないとしながら、臨時職員の常勤雇用を要求し、これを呑まなければ再建案には合意しないとの態度に固執したため、交渉は決裂した。

そこで、被告はやむを得ず診療時間帯の変更の実施に踏み切ったものである。

(三) 被告に管理職制を導入した経緯は次のとおりである。

被告においては、松浦診療所の設備拡張に伴い職員数が増加したこと、紀和病院の職員数が増え、役職を設けざるを得なくなったこと、両院間の人事交流を図るためには人事組織を統一せざるを得ないこと等から、松浦診療所にも管理職制を導入する必要性があり、賃金についても、管理職の責任に見合った職能給を整備する必要性があったため、松浦診療所における部課長制の導入を実施した。

そして、被告は、平成四年六月一〇日の団体交渉において、組合に対し、松浦診療所においても部課長職制度を実施する旨説明し、同月二七日の団体交渉において芝内を歯科部課長に任ずる旨通知したうえで、同人を課長に任命した。

(四) 川口に対する懲戒解雇処分は、同人が紀和病院事務長の榎本祥文(以下「榎本」という)を階段の下に突き落とし、全治五日の傷害を負わせたことによるものであり、石原副委員長に対する降格処分は、同人に主任としての職務権限を逸脱した行為があったことによるものであり、石原淑恵に対する譴責処分は、同人が職務に藉口して本部から人事記録を取り寄せるという不正行為を行ったにもかかわらず、被告の事情聴取に応じなかったことによるものであって、いずれも正当な処分である。

四  主たる争点

1  懲戒解雇事由の存否、懲戒権の濫用の有無

2  懲戒解雇の手続の相当性

3  不当労働行為の成否

第三主たる争点に対する当裁判所の判断

一  本件の背景事情(被告と南労会支部との労使関係)

当事者間に争いのない事実、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  被告は、主に、労働職業病の対策及び労働者の健康管理等を目的とする労働者のための医療機関として昭和五一年八月に現在の被告理事長松浦良和により開設された旧松浦診療所を母体として、昭和五五年一月二六日設立された医療法人であり、松浦診療所のほかに、昭和五九年一一月開設の紀和病院を有している。

2  旧松浦診療所に引き続き、被告にあっても、運営委員会において診療所の基本的な運営方針の決定をなし、これを受けて理事会において運営委員会の決定した基本的な運営方針に基づき、診療所体制の整備・充実、職員の人事・労働条件の決定等の経営に関する事項の決定をしていたが、総評全国金属機械労働組合港合同大阪亜鉛支部委員長が運営委員会幹事会委員長に就任するなど、運営委員会幹事会の委員長、副委員長、幹事等及び理事会の理事のほとんどを労組役員が占め、医療関係者としては松浦良和(副委員長、理事長)が就任するのみであって、被告は、実質的には、労働組合が主体となって、その経営がなされていた。そして、運営委員会の下に経営委員会があって、医師、事務長等がこれを構成して、細目的な経営事項は経営委員会がこれを決定し、さらに、職員の間においては、職員会議という組織の下に、主に話し合いにより細部にわたる具体的な職務分担等を決定するなどし、事実上、組合側の意見を取り入れるなど、比較的、民主的な運営がなされていた。そのためもあって、旧松浦診療所のみならず被告にあっても、組織上、管理職としては、医師のほか、検診部長と事務長が存したのみで、課長職は置かれていなかった。しかしながら、松浦診療所において、職員会議体制が崩れて、昭和六〇年一月に、被告において南労会労働組合(分会として、松浦診療所分会と紀和病院分会)が結成された後は、運営委員会の下に責任者会議を設けるなどして業務運営が行われた。

3  しかし、被告の運営において実質的に権限を有していた運営委員会は、かねてより、基本的な運営方針として、理想を追い求め、労組主導の方針を目指したこともあって、とかく効率と合理性を軽視する結果となり、医療環境の変化に対し、次第に、経営面で適切に対応できないとの事態を招いた。そのため、被告は、次第に、赤字体質に陥っていった。

4  被告経営委員会は、合理化による経営建て直しのため、昭和六〇年末頃、当時の南労会労働組合に対し、種々の経営改善策を提案したが、主に「通し勤務の導入」と「組織細分化、職制の新設」を巡って交渉は暗礁に乗り上げた。

5  南労会労働組合は、被告が重大な経営危機にあることを認識し、労使間の不信感を取り除き、正常な対話に基づいて危機を乗り切る体制の確立を求めて、昭和六一年三月五日、被告に対し、「労使関係の正常化について」と題する書面を提出した。これを受けて、被告と南労会労働組合松浦診療所分会との間で、同月一三日「経営改革、組織の変更等労働条件の変更を伴う事項については事前に経営と組合は協議し、双方合意のうえ、実行することを確認する」旨の労働協約(事前協議・同意約款)が締結された。これに基づき、同年一〇月から、労使合意による勤務体制の変更が実施された。

6  平成元年二月に至り、運営委員会の下にあった責任者会議が解消され、その後の被告の経営の実権は、理事会に移行した。被告は、かねてより、慢性的に、深刻な赤字体質に陥っていたため、これを改善するべく、被告理事会が経営合理化の姿勢を一層強めたためもあって、次第に労使対立が厳しいものとなっていった。

7  被告は、平成元年一〇月、南労会労働組合に対し、赤字体質を改善するため、検診活動の拡充及び鍼灸部門等の不採算部門の縮小等を内容とする第一次再建計画を提示したが、同組合は、再建協議の前提としてパート従業員一名の常勤化を求め、被告がこれを受け入れると、さらに鍼灸部門の欠員の補充を求めてストライキを含む反対闘争を行った。

8  なお、平成二年末、港合同の労組役員として、運営委員会幹事会委員長、事務局次長の地位にあって、南労会の運営において大きな発言権を有していた者らが、総評解体と連合の結成に当たっての連合加盟を巡る路線上の意見の相違から、港合同から袂を分かち、その結果、運営委員会から手を引き、理事等をも降りたため、以後、被告における港合同の影響力が低下した。

9  被告は、平成三年二月、松浦診療所経営の抜本的改善を図るべく、人件費の削減と収益効率の向上を目的として、診療時間の変更及びこれに伴う勤務時間の変更を主たる内容とする第二次再建計画を南労会労働組合に対し提示した。被告と右組合との間において、数次の団体交渉が行われたが、同組合が臨時職員の常勤雇用を要求し、合意には至らなかった。しかしながら、被告は、同年八月五日より、同組合の合意がない段階で診療時間帯及び勤務時間の変更を実施したため、同組合はこれに強く反発し、右変更を認めず、旧診療時間帯に従った同組合独自の勤務表を作成し、これに従って勤務を続けたため、労使の対立が一層激化した。

10  平成三年九月二八日に至り、南労会労働組合が港合同に加盟して、南労会支部(分会として松浦診療所分会と紀和病院分会が置かれた)と名称を改めた。このため、その後は、港合同の影響力が組合内部に及び、これが被告に対し、向けられるようになった。なお、平成四年当時の松浦診療所における組合員数は約三七名であった。

一方、港合同加盟に反対する紀和病院の組合員らは、同年一〇月一二日、右南労会支部から離脱し、紀和病院労働組合を結成した。南労会支部は、これは被告の介入による第二組合の結成であるとして非難した。

11  平成三年一一月中旬頃、南労会支部紀和病院分会の事務所が何者かに襲撃される事件が発生した。また、被告が平成四年二月二二日、南労会支部の要求により右事件を調査していた際、南労会支部紀和病院分会の書記長川口と紀和病院事務長の榎本との間でもみ合いになり、被告は、その際、川口が榎本に対して暴行を加え、傷害を与えたとして、警察に被害届を提出し、その後、同人の処分のため賞罰委員会を開催したことから、被告における労使間の対立はますます激化した。

12  被告は、職員数の増加、特に紀和病院の職員数が増大したことに伴い、管理職組織の整備を図る必要から、平成四年三月の理事会において、部課長職制度の導入とその賃金体系の整備を中心とした職種職制の改正を決定した。

13  被告は、平成四年四月二五日、組合に対し、事前協議・同意約款を、締結後既に六年を経過しており、この間、大きく変化した労使関係の現状にそぐわなくなっていることを理由に、九〇日の予告期間を置いて破棄する旨の通告をした。

14  被告は、平成四年六月一〇日の団体交渉において、組合に対し、松浦診療所において、部課長職制度を導入する旨を通知し、同月二七日の団体交渉において、松浦診療所の歯科部課長に芝内を充てることを通知した。そして、被告は、平成四年七月一日付で、芝内を右歯科部課長に任命した。

組合は、これは被告による組合弱体化のための管理体制の強化であるとして激しく反発し、組合員らは、抗議文及び辞任を求める文書を連日芝内に手渡したり、「芝内課長を認めない」等と記載したワッペンを着用する等の抗議行動を行った。

15  被告は、平成四年六月三〇日付で、川口を榎本に対する暴行を理由に懲戒解雇し、南労会支部副委員長石原英次に対し理学診療科主任を免ずる処分を行うとともに、同年一二月五日付で、南労会支部の組合員である石原淑恵に対し、紀和病院職員の人事記録を上長の承諾なしに取り寄せた件についての事情聴取を不当に拒否したとして、譴責処分を行った。

16  なお、組合は、平成三年八月二〇日、同月二二日、平成四年二月一七日、同年三月二七日、同年四月二二日、同年七月一日、同月三日、同月七日、同月二一日及び同年一二月一五日に、大阪府地方労働委員会(以下「地労委」という)に対し、不当労働行為救済申立を行っており、うち平成四年四月二二日に申し立てられたものについては、地労委により、平成五年四月一五日、被告に対し、組合事務所破壊事件に関する団交に応じること等を命ずる内容の救済命令が発せられた。

二  本件懲戒解雇事由について

1  被告の就業規則の規定について

被告の就業規則(書証略)には、譴責に処する場合(第一六条)として、「正当な理由なく上長に反抗し、又はその指示に従わなかったとき」(同条四号)、「職場規律を乱したとき」(同条八号)が、出勤停止に処する場合(第一七条)として、「前条(第一六条)各号に該当し、情状特に重きとき」(第一七条一号)、「職員としての品位、診療所の名誉、信用を失墜するような言動を行ったとき」(同条二号)、「正当な理由なく、業務命令諸規定に従わないとき」(同条三号)、「重大な越権行為があったとき」(同条六号)が、諭旨解雇に処する場合(第一八条)として、「前条(第一七条)各号の一に該当し、情状特に重きとき」(第一八条一号)、診療所の施設、物品等を許可なく私用に供し、若しくは診療所の物品を隠匿し、又は持ち出すこと」(同条三号)、「診療所の基本方針を阻害するような行為のあったとき」(同条四号)が、懲戒解雇に処する場合(第一九条)として、「前条(第一八条)各号の一に該当し、情状特に重きとき」(第一九条一号)、「故意による行為で業務に重大な支障を来し、又は重大な損害を与えたとき」(同条七号)が、それぞれ規定されている。

2  金銅に対する暴言について

(一) 証拠(略)によれば、平成三年八月六日午前一一時頃、金銅は、腰痛の治療のため、松浦診療所理学診療科で鍼治療を受けた後、松浦診療所一階受付窓口において、自分は理事であるが治療費を支払う必要があるかどうか尋ねたところ、応対した原告は、他の患者が待合室にいたにもかかわらず、金銅に対し、大声で「おまえ、理事だろうが、組合の言うことを聞けよ。組合をなめんなよ」と発言したことが認められる。

原告の右行為は、一般の患者の立場で治療に訪れた金銅に対し、他の患者のいる前で、言葉汚く罵って暴言を吐き、威嚇したものであって、右行為が被告による新勤務体制導入の翌日であり、前記のとおり被告と組合が厳しく対立している時期にされたものであること及び金銅が被告理事であることを考慮しても、到底正当な行為であると評価することはできず、これは、職場規律を著しく乱し、かつ、職員としての品位、診療所の名誉、信用を著しく失墜させる行為であるというべきであって(就業規則第一六条八号、第一七条二号参照)、その情状も、極めて重いものがあるというべきである。

(二) これに対し、原告は、小さな声で「組合との話合いをなぜ一方的に打ち切ったのか。組合を尊重すべきではないか」と一言抗議したに過ぎない旨主張し、(書証略)及び原告本人尋問の結果中にはこれに添う部分があるが、それらは極めて具体的で信用するに足りる金銅の仮処分事件の審尋における供述内容(書証略)に全く反するうえ、(書証略)によれば、金銅は、原告の発言を聞いて「言葉は場所柄をわきまえて言いなさい」と発言し(これは原告本人も自認するところである)、さらに本件の直後、被告理事に対し、右原告の発言を取り上げ、苦情を申し述べていることが認められるのであって、原告の発言が金銅を憤慨させ、苦言を呈させる程度のものであったことが推認されるから、前記原告の主張に添う証拠は信用できず、原告の主張は採用できない。

3  桑原に対する誹謗中傷について

(一) 証拠(略)によれば、次の事実が認められる。

(1) 松浦診療所では、従来診療受付時間を午前八時三〇分から正午まで及び午後四時から午後七時三〇分までとしており、職員の勤務体制もこれに応じ、便宜的に午前八時三〇分から午後一時、午後一時から午後四時三〇分、午後四時三〇分から午後七時三〇分までの三つの時間帯に分けた体制が取られていたが、被告は、平成三年八月五日に実施した診療時間帯及び勤務時間の変更により、受付時間を午前八時三〇分から正午まで及び午後二時から午後六時までに変更し、これに伴い職員の勤務体制も変更して右のような区分を廃止し、基本的には単一の勤務時間による勤務体制とした。一方、組合はこの勤務体制の変更に強く反対し、従前の勤務体制に従って就労を続ける争議行為を展開し、松浦診療所においては、事実上従前どおりの勤務時間に従って組合員らの就労がされてきた。

(2) 医事課においても、平成三年八月五日以降、組合員が、組合が独自に作成した従来の勤務体制と同様の勤務表に従って就業する状況が続いていたが、平成四年四月末、医事課主任であった野田が退職し、被告がその補充として紀和病院の佐藤事務長を配置したところ、組合がこれに激しく反発し、佐藤は事実上医事課において就業することができなかったため、受付業務が停滞するおそれがあるような場合には、やむを得ず桑原が組合作成の勤務表に従いカルテのコンピュータ入力業務に従事していた。同年六月八日、被告は医事課職員に対し、被告の指定する勤務時間に従って勤務するように文書で警告したが、組合はこれに従わず、なおも独自の勤務表に従った勤務を続けた。

(3) 当時一階受付担当の医事課職員は、原告、廣田、池田、浜村及び野瀬の五名であり、被告が平成四年六月八日に指示した勤務表によれば、同年七月一一日当日は、原告、廣田及び池田がカルテのコンピュータ入力業務を含めた受付業務を分担して担当することになっていたが、組合が独自に作成した勤務表によれば、桑原がカルテのコンピュータ入力業務に従事することとなっていた。

(4) 平成四年七月一一日は土曜日であったが、土曜日は患者数が多く、受付業務が他の曜日よりも繁忙となることが多かった。当日、医事課では、原告、廣田及び池田が出勤して受付業務を担当していたが、組合作成の勤務表によれば桑原がカルテのコンピュータ入力業務を担当することになっていたことから、原告は、松浦診療所三階において勤務している桑原に対し、午前九時三〇分頃から数度にわたり、一階受付に下りてきて業務を行うよう要求した。しかしながら、桑原は、前記三名で処理するよう指示してこれを断ったため、原告は、全館放送によって桑原を呼び出したが、それでも同人が受付に来る様子がなかったため、原告は、同日午前一〇時三〇分頃、「本人の会計業務は担当の桑原事務長が業務拒否を行っているためにとどこおっています。誠にご迷惑をおかけして申し分けありませんが、支払は次回にして頂く場合もありますので悪しからずご了承下さい」と記載した貼り紙(以下「本件貼り紙」という)を、待合室にいる患者からよく見える一階受付カウンター下に貼り出した。本件貼り紙は、「桑原泰」を赤色で大書し、「業務拒否を行っている」「支払は次回にして頂く場合もありますので悪しからず御了承下さい」との記載部分の下に赤色で装飾を施したものであった。

(5) 原告とともに受付業務に従事していた池田は、同日午前一〇時三〇分頃、鍼治療のために席から離れていた。また、廣田も同日午前一一時頃休憩のために席を離れたことから、受付は原告が一人で担当することとなり、会計事務が停滞し、窓口が混乱するような状況になった。

(6) 同日午前一一時三〇分頃、看護婦から、受付業務が遅延して窓口が混乱しているとの報告を受けた桑原が、医事課においてカルテのコンピュータ入力業務に従事し始めたため、原告は、本件貼り紙を取り外し、これを受付内部の壁面に移動させた。

(二) 以上の事実に照らせば、一介の事務職員に過ぎない原告は、桑原が当日出勤していた原告ら三名で医事課の受付業務を処理するよう指示したにもかかわらず、これに全く耳を貸さず、上位の地位にある事務長の桑原が自己の意に沿った行動をしないことを理由にして、無謀にも、専ら桑原を誹謗、中傷することを目的として本件貼り紙を提示したのであって、右は、本末転倒の所為であって、極めて悪質であるということができる。また、受付窓口にこのような貼り紙がされたことにより、患者に不安を与え、かつ、被告の信用を著しく毀損せしめたというべきである(就業規則第一七条二号、三号及び六号参照)。原告の右行為の情状の重さは、その背景に、前記のとおり勤務体制に関する被告との組合の根深い対立関係が存在したことを考慮したとしても、極めて著しいものがある。

(三) これに対し、原告は、本件貼り紙の掲示は組合の方針に基づく組合活動であると主張する。しかしながら、(証拠略)及び原告本人尋問の結果によっても、組合の方針決定がされていたのは、桑原の業務を肩代わりしないこと、そのために業務が停滞する場合には患者に対し事情を説明して理解を得ることにとどまるものと認められるところ、本件貼り紙は、前述のとおり桑原をことさらに誹謗、中傷し、被告の信用を毀損する内容のものであって、到底患者に対して事情を説明し理解を得るためのものとは認められないから、原告の右主張は失当である。

4  ビラの無断貼付について

(一) 証拠(略)によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠は採用できない。

(2) 原告は、平成四年一月末頃から、関西反戦共同行動委員会、関西労組交流センター等、組合とは無関係の団体が作成した、PKO法案反対を訴える内容のビラ等(以下「本件ビラ等」という)を、松浦診療所一階待合室に貼付したり備え置くようになった。桑原がその頃から何度か口頭でこれを注意したが、原告はこれを無視し、なおも本件ビラ等の貼付又は備え置きを続けた。

(2) 被告は、同年三月一四日及び二六日、原告に対し、右ビラ貼付行為が就業規則第三〇条三号、一六条四号に違反していること、今後もこのような行為を取り続ける場合には賞罰規定に基づいた判断をせざるを得ない旨記載した申し渡し書を交付して警告したが、原告は、なおも同年六月頃まで本件ビラ等の貼付及び備え置きをやめなかった。

(二) 経営者は、その施設管理権に基づき、組合員によるビラの貼付等を許可制にかからしめ、あるいは禁止することができると解すべきであり、これに反するビラの貼付は、それが正当な組合活動の範囲内であって、これを禁止することが権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合を除き、原則として懲戒の対象になると解すべきであるが、後記のとおり、本件において右特段の事情はないというべきであるので、被告による度々の禁止にもかかわらず本件ビラ等を貼付し続けた原告の右行為は、経営者の施設管理権を侵害し、上長の命令に反する行為であるというべきであって(就業規則第一六条四号及び八号、第一八条三号参照)、その情状の重さは、相当に著しいものがある。なお、本件ビラ等の貼付、備え置きは、ビラ等の内容に若干の問題はあるものの、被告の経営方針等を阻害する意図に出たものであるとまでは認められない(なお、就業規則第一八条四号参照)。

(三) これに対し、原告は、待合室にビラを貼付することは、従前から被告が黙認していたことであり、就業規則に違反する行為ではないと主張する。

確かに、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、平成三年以前も待合室には組合や各種団体のビラ等が貼付されていたことがあり、内容に問題がなければ被告もこれを黙認していたこと、被告は、本件問題が生ずるまでは、ビラの貼付について許可を要する旨を明示的に示したことはなかったことが認められる。しかしながら、被告が本件ビラ等のように、組合とは全く無関係の団体の作成したビラの貼付等についても無条件でこれを黙認していたことを認めるに足りる的確な証拠はなく、また、いずれにせよ、被告は本件ビラ等については、原告に対し、文書で明確にその貼付、備え置きを禁止しているのであるから、原告の主張は採用できない。

また、原告は、本件ビラ等の貼付は組合の方針に基づくものであって、組合活動の一環であると主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに添う部分がある。しかしながら、原告本人の供述は極めて曖昧かつ抽象的であって、到底これによって本件ビラ等の貼付が組合の方針に基づくものであったことを認めることはできないうえ、かえって、証拠(略)によれば、本件ビラ等は、純粋に政治的な内容のビラであり、しかも組合の上部団体である連合の方針に反対する組織のビラであること、本件ビラ等を貼付したのは組合員の中で原告のみであったこと、平成四年三月に被告から原告に対し警告書が手渡された際、組合から何らの抗議もされていないこと、本件ビラ等の貼付等が組合活動として行われたものであるかどうかについての被告から組合に対する照会に対し、組合は明確な回答をしていないことが認められ、以上を総合すれば、本件ビラ等の貼付、備え置きは、原告独自の活動として行われていたものと認められるから、原告の主張は採用できない。

5  芝内に対する脅迫、強要について

(一) 証拠(略)によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠は採用できない。

(1) 被告は、平成四年七月一日付で芝内を松浦診療所歯科部課長に発令したところ、これに強く反発した組合は、抗議文を芝内に対し手渡す運動を行うことを決め、これに基づき、組合員らは、各職場ごとに、組合員ら個人の署名のある抗議文を作成し、これを芝内に対して手渡していた。芝内は、同年八月五日、七日及び一一日に組合員らから手渡された抗議文については、やむを得ず受領していたが、桑原と相談した結果、その後は抗議文を受け取らないことにした。

(2) 芝内が同年八月二一日午後五時三〇分過ぎ頃、勤務を終えて五階廊下を歩いていたところ、原告、廣田及び李と会ったため、これまでの同人らの言動から抗議文を手渡すために待ち伏せていたものと感じた芝内は、食堂に駆け込み、電話で桑原に助けを求めた。原告、廣田及び李は、芝内の後から食堂に入り、芝内を取り囲むような形で立ち、同人に対し抗議文を受け取るように要求したが、芝内は、これを拒否した。その直後、芝内の電話を受けて駆けつけた桑原が原告らを制止し、その間に桑原は更衣室に逃げ込んだ。

原告らは、更衣室に逃げ込んだ芝内を追いかけ、更衣室の戸に鍵がかけられていることが分かると右戸を強く叩きながら、芝内に対し執拗に抗議文の受け取りを求めたが、再び桑原が駆けつけ、その間に芝内が更衣室を出て帰宅したため、抗議文を手渡すことはできなかった。

(二) 右事実によれば、原告の行為は、一応組合の方針に基づいて行われたものであることが認められる。しかしながら、課長職の導入及び任命という、専ら使用者の人事権に属することがらについて、芝内個人に抗議し、その辞任を迫るという行為が、正当な組合活動の範囲を逸脱したものであることは明白である。しかも、原告らの行動は、三名で芝内を追い回したうえ取り囲み、同人に対し執拗に抗議文の受け取りを迫り、同人が更衣室に逃げた後も、桑原の制止にもかかわらず、後を追いかけてなおも更衣室の扉を強打してその受け取りを迫るというものであり、その態様において極めて悪質であり、到底正当な組合活動とは評価できない。また、勤務時間外の行為であっても、その行為の目的、態様に照らし企業秩序を破壊すると認められる場合には当然に懲戒の対象となりうると解すべきところ、原告の右行為は、勤務時間と極めて近接した時間帯に、職場内において、行われたものであるから、これが企業秩序を破壊する行為であることは明らかである。したがって、原告の右行為は、正当な理由なく上長に反抗し、又はその指示に従わず、かつ、職員としての品位を失墜し、職場規律を乱すものであって(就業規則第一六条四号及び八号、第一七条二号参照)、その情状は、極めて重いということができる。

6  以上によれば、原告のなした、金銅に対する暴言、桑原に対する誹謗中傷、ビラの無断貼付及び芝内に対する脅迫、強要の各行為は、いずれも組合活動とは無関係であり、仮に何らかの係わりが存するとしても、正当な組合活動とは到底評価しえないところ、これを個々的にみても、いずれも悪質であって、その情状には重いものがあるが、各行為の内容、態様、頻度等に鑑み、これらを全体として、総合して見た場合には、その責任は重大で、極めて情状が重いというべきであるので、懲戒解雇事由たる就業規則第一九条一号の「前条(第一八条)各号の一に該当し、情状特に重きとき」に該当するというべきである(すなわち、原告の、金銅に対する暴言については、就業規則第一六条八号、第一七条二号、桑原に対する誹謗中傷については、就業規則第一七条二号、三号及び六号、ビラの無断貼付については、就業規則第一六条四号及び八号、第一八条三号、芝内に対する脅迫、強要については、就業規則第一六条四号及び八号、第一七条二号の各規定違反の態様のものであるが、各個別の行為自体の情状の重さに加え、これを度々にわたり繰り返したことにより、情状が極めて重いものとなったことにより、就業規則第一六条ないし第一八条を介し、就業規則第一九条一号に該当するものである。なお、後記認定のとおり、本件賞罰委員会において、原告の右各行為につき、懲戒処分の種類が審議されたが、その際、第一回賞罰委員会の審議の結果、原告によるビラの無断貼付については、懲戒解雇相当とする意見、諭旨解雇相当とする意見及び出勤停止相当とする意見に分かれたため、その旨の答申がされたこと、第二回賞罰委員会の審議において、原告による桑原に対する誹謗中傷については、諭旨解雇相当とする意見、懲戒解雇相当とする意見及び出勤停止相当とする意見に分かれたが、ビラの無断貼付ともあわせ、原告を諭旨解雇することが相当であるとの結論に達し、その旨の答申がされたこと、第三回賞罰委員会において、審議の結果、原告の金銅に対する暴言については、諭旨解雇が相当である旨意見が一致し、芝内に対する脅迫、強要については、出勤停止が相当であるとの意見が多数を占めたため、その旨の答申がされたことを認めることができるが、本件賞罰委員会は、原告の各行為のうち、その一つ又は二つにつき、個々的に懲戒処分の種類についての意見を述べたに過ぎず、その行為の全体について、これを総合した結果については、意見を答申したものではない。したがって、前記のとおり原告の行為の全体について、これを総合して評価した結果として、原告の右行為が就業規則第一九条一号の懲戒解雇事由に該当するとしたことと、本件賞罰委員会において確定的に懲戒解雇を相当とする旨の答申がなされなかったこととは、何ら矛盾するものではないといえる)。

そして、前記認定によれば、被告が経営合理化等のための各措置を採るなどしたため、かねてより、被告と南労会支部との間には、厳しい労使対立と紛争が存したが、原告の各行為は、被告設立の経緯及び当初の被告の運営の実際、背景としてある右紛争状況等を考慮しても、かねてより被告が厳しい経営状況にあったこと、本来、経営権、人事権が被告に帰属すること、被告の経営合理化等のための各措置が一概に不合理なものであると断定するには足りないこと、原告の各行為は、いずれも組合活動とは無関係であり、仮に何らかの係わりがあるとしても、正当な組合活動とは到底評価しえないこと、その行為の内容、態様、頻度等に鑑みるとき、その情状は極めて重いので、本件懲戒解雇は相当であって、これをして、懲戒権の濫用ということはできない。

三  本件懲戒解雇の手続について

1  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、本件懲戒解雇に至るまでの賞罰委員会開催の経緯は次のとおりであると認められ、これに反する証拠は採用できない。

(一) 松浦診療所の就業規則によれば、「懲戒は、その公正を期するために賞罰委員会の議に付し診療所が決定する」(第一二条一項)ものとされ、賞罰委員会は理事会及び職員代表のそれぞれ四名の委員をもって構成し(同条二項)、同委員会の運営は別に定めることとされている(同条三項)。しかしながら、松浦診療所においては、これまで賞罰委員会が開催されたことがなかったため、賞罰委員会の運営に関する規則は定められていなかった。

(二) 被告は、原告によるビラの無断貼付その他について審議するための賞罰委員会を開催することを決め、理事会側及び職員代表各四名を指名し、これを平成四年六月一〇日の団体交渉によって組合に対して通知すると共に、職員代表委員について組合の意見を求めた。

被告の指名した職員代表委員は、看護課主任の大場恵子、薬局課主任の室原昌洋、レントゲン科主任の橋口憲二及び歯科主任の金本泰善の四名であり、いずれも南労会支部の組合員であった。

(三) これに対し、組合は、賞罰委員会の開催について事前に組合との協議がされなかったことに反発し、平成四年六月一〇日の団交において、組合員の賞罰は団交事項であり、懲罰に値する行為であるかどうかを団交で決定するべきであるとの立場から、賞罰委員会の開催に反対し、職員代表委員の人選についても特に意見を述べることはなかった。

そこで、被告は、同月二〇日付け書面において、各職員代表委員に対し、同年二四日に賞罰委員会を開催する旨通知したが、同月二〇日に行われた団交においても、組合は組合員の賞罰は団交事項であり、懲罰に値する行為であるかどうかを団交で決定するべきであるとの立場から、賞罰委員会の開催に反対する態度を固持した。

(四) 被告は、平成四年六月二四日、第一回賞罰委員会を開催したが、職員代表委員は出席せず、理事会側委員のみによる審議が行われた結果、原告によるビラの無断貼付については、懲戒解雇相当とする意見、諭旨解雇相当とする意見及び出勤停止相当とする意見に分かれたため、その旨の答申がなされた。

(五) 組合は、平成四年七月一日、地労委に対し、原告らに関する賞罰委員会の開催を取りやめること等を求める実行確保措置勧告申立を行ったところ、地労委は、同月一三日、被告及び組合の双方に対し、賞罰委員会の開催は慎重に対処されたい旨の口頭での意見表明をした。

(六) 被告は、原告によるビラの無断貼付等について引き続き審議するとともに、平成四年七月一一日に発生した原告による桑原に対する誹謗中傷も併せて審議するための第二回賞罰委員会を開催することを決め、同年七月一六日付文書でこれを組合に通知した。

(七) 被告と組合との間で、平成四年一〇月九日団交が行われ、その際、被告は、組合に対し、賞罰委員会の開催を申し入れたが、組合員の賞罰は団交事項であり、懲罰に値する行為であるかどうかを団交で決定するべきであるとの立場から、賞罰委員会の開催に反対する態度に終始した。さらに、被告と組合との間で、平成四年一〇月二三日、団交が行われ、その際、被告は、組合に対し、同月二六日に第二回賞罰委員会を開催する旨通知したが、組合は、あくまでも、前記立場を崩さなかった。被告と組合との間で、同年一〇月二四日、再び賞罰委員会開催に関する団交が行われ、組合は、職員代表委員の人選を組合側で行うとの主張をしたが、被告は、今回は既に委員を指名し、開催通知も発出しているとしてこれを拒否したため、物別れに終わった。

(八) 被告は、平成四年一〇月二四日、被告選任の職員代表委員四名に対し、賞罰委員会開催通知書を手渡すとともに、賞罰委員会開催日の当日である同月二六日午前、原告ほか一名に対し、事情聴取書を配布し、事情聴取のため賞罰委員会へ出頭することを求めた。

(九) 第二回賞罰委員会が平成四年一〇月二六日午後三時三〇分頃開催されたが、組合は、その直前に、職員代表委員として、小松千尋、中地重晴、佐藤信子及び金本泰善四名を選任したとして、同人らの出席を要求したところ、被告は、被告による指名と重なっていた金本泰善を除きこれを拒絶したため、右委員会も理事会側委員のみが出席して審議が行われた。その結果、原告による桑原に対する誹謗中傷については、諭旨解雇相当とする意見、懲戒解雇相当とする意見及び出勤停止相当とする意見に分かれたが、ビラの無断貼付ともあわせ、原告を諭旨解雇することが相当であるとの結論に達し、その旨の答申がされた。

(一〇) 被告は、原告ら南労会支部組合員による芝内に対する脅迫、強要及び原告の金銅に対する暴言を審議するための第三回賞罰委員会を平成四年一一月一八日に開催することを決め、同月一一日その旨組合に通知して団交を行ったが、組合が従前どおりの立場を固持したため、物別れに終わった。そして、被告は、右賞罰委員会においては、南労会支部組合員の全員が懲戒の対象とされていたことから、職員代表委員として組合員を選任せず、いずれも管理職である井村久史及び佐藤敏則並びに事務長である桑原及び事務次長である島岡和義を選任し、同年一一月一三日、その旨組合に対して通知したが、組合は、職員代表委員として前記(九)記載の四名の出席を要求した。被告はこれを拒絶し、同月一七日付の文書で原告及び廣田に対し、事情聴取のため賞罰委員会に出頭するよう通知したうえで、同月一八日、理事会側委員並びに職員代表委員のうち桑原及び島岡和義の各委員が出席のうえ第三回賞罰委員会を開催したが、原告及び廣田は右委員会に出頭しなかった。審議の結果、原告の金銅に対する暴言については、諭旨解雇が相当である旨意見が一致し、芝内に対する脅迫、強要については、出勤停止が相当であるとの意見が多数を占めたため、その旨の答申がされた。

(一一) 被告は、右答申に基づき、平成四年一二月一九日、原告の各就業規則違反行為が全体として就業規則一九条一号に該当するとして、原告を懲戒解雇する旨決定した。

2(一)  松浦診療所の就業規則によれば、賞罰は賞罰委員会の議に付した上で診療所が決定するものとされており、その趣旨は、同数の理事会側委員及び職員代表委員によって構成される賞罰委員会の議を経ることによって、診療所の賞罰権行使の公正さを担保することにあると解されるから、懲戒処分を行うためには、原則として賞罰委員会を開催する必要があると解すべきである。もっとも、前記のとおり、賞罰委員会の運営に関する規則が定められていない場合においても、常に賞罰委員会が開催できないものと解するのは相当でなく、合理的かつ公正な方法により開催することができるものと解すべきであり、また、就業規則によれば賞罰が診療所の権限とされていることは明らかであるから、最終的には賞罰委員会は被告が開催することができると解すべきであって、組合との合意がない限り開催できないものと解すべきではない。

(二)  以上の見地から本件賞罰委員会について検討すると、前記認定の事実によれば、被告は、本件賞罰委員会を開催するに際し、組合との団交を六度にわたって行っており、必ずしも、不当に団交を拒否していたものとはいえず、また、賞罰委員会の職員代表委員についても、第一回及び第二回の賞罰委員会の当初の人選は一応、合理的であり、しかも人選についての意見を組合に求めているのに対し、組合は、団交において、原告の行為を賞罰委員会に付すかどうか自体を団交で決するべきであるとの立場に固執して、賞罰委員会の開催自体を認めず、職員代表委員の人選についての意見を求められた際にもこれに適切に応答せず、第二回賞罰委員会においては委員会当日になって組合側の選任した委員の出席を要求するなどの行動に出ているのであって、第一回及び第二回の賞罰委員会が理事会側委員のみによって開催されたことについては、主に組合側に責任があることは明らかである。第三回賞罰委員会においては、被告において組合対策の中心を担う者を職員代表委員に選任したことは、問題がなくはないが、この点も、組合側が、原告の行為を賞罰委員会に付すかどうか自体を団交で決するべきであるとの立場に固執し、賞罰委員会の開催自体を認めないなどの姿勢であったとの事実、右賞罰委員会においては、南労会支部組合員の全員が懲戒の対象とされていたこと等に鑑みるとき、やむを得ない余地も存するのであって、この点をもって、重大な手続違背とまでいうことはできない。以上によれば、被告が原告に対し本件懲戒解雇をするに際し、手続上重大な瑕疵があったということはできない。したがって、この点が本件懲戒解雇を無効ならしめるものでないことは明らかである。

四  不当労働行為について

前記認定の事実によれば、被告が経営合理化等のための各措置を採るなどしたため、かねてより、被告と南労会支部との間には、厳しい労使対立と紛争が存したが、原告のなした、金銅に対する暴言、桑原に対する誹謗中傷、ビラの無断貼付及び芝内に対する脅迫、強要は、右紛争状況を背景としてなされたものではあるが、被告設立の経緯、被告運営の実態、背景にある紛争状況等を考慮しても、被告が慢性的に厳しい経営状況にあったこと、本来、経営権、人事権は被告に帰属すること、被告の経営合理化等のための各措置が一概に不合理なものであると断定するに足りないこと、原告の各行為は、いずれも、組合活動とは無関係であり、仮に何らかの係わりがあるとしても、正当な組合活動とは到底評価しえないことなどに鑑みるとき、個々的にみても、いずれも悪質であって、その情状には特に重いものがあり、さらに、これらを全体として、総合して見た場合には、各行為の内容、態様、頻度等に鑑み、その責任は重大で、極めて情状が重いというべきであるので、被告が原告に対し、就業規則一九条一号に該当するとして、本件懲戒解雇をしたのも致し方ないところであって、本件において、とりたてて、被告が原告の組合活動を嫌悪し、組合を弱体化させる等の意図で原告に対し、本件懲戒解雇をしたというべき事情はない。したがって、本件懲戒解雇が不当労働行為に該当するということはできない。

五  結論

以上のとおり、本件懲戒解雇は、有効である。

よって、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 谷口安史 裁判官 仙波啓孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例